腐葉土を震ったり,ツルグレンに掛けたりすると,土の中の小さなゾウムシが採れます.採れることがあります.冬で他の虫が採れない時期など,掘り当てるととても幸せです.筆者も少しずつ採り貯めていますが.まだゾロゾロ出てきたことはありません.当るとすごいようなのですが…
土のハネカクシは飛ぶのもいるようですが,土のゾウムシはたいてい飛びません.その結果として地域変異,種分化が激しく,何種いるのか分からない状態.それはそれで,ある意味ラッキー.
現状では,それぞれの群(属)に何人かの研究者によって記載命名されている種がちょっとずつあり,そして「それが全てではない」ていう感じです.それぞれの種のタイプ産地で採れたものはおそらくその種だろうけど,ちょっと離れると未記載の別種かもしれない,という状況なのです.
土の中のゾウムシの体形は特徴的で,後翅の退化にともなって翅鞘がなで肩になり,後脚の間隔が広がるなどの変化がみられます.体色は地味ですが,ツルツルになるものもいれば,鱗片や分泌物で覆われたもの,意味ありげに毛が長いものなど,表面構造は多様です.
土の中のゾウムシには,いろんな系統のものがあり,だいたい次のようなグループが該当します.保育社の図鑑でいうと第54図版に載っている短吻のやつが中心で,それ以外にも幾つかの系統から地下をめざしたようです.本当は土砂と腐葉土と地上の朽木と…を区別すべきなのでしょう.土の中のゾウムシにはそれぞれに違った生態があるはずです.でも今は”土から出てくる”ということしか分かりません.
土のゾウムシは体表に土を纏っている事が多いです.鑑賞に堪える標本を作るときは,超音波洗浄機が役に立ちます.(アルコールなどから)真水に置き換えた後,薄い洗剤(台所用など)入りの水に置き換えて機械にかけます.数秒〜数十秒で良いと思います.数秒かけてなじませたあと,しばらく放置して,仕上げにまた数秒,とかも良さそうです(比較実験したわけではありません).
汚れの落ち具合を確認した後,落ち足りなければ掛け足せば良いのですから,一気に長時間かけないようにします.ハネカクシ上科の虫を超音波洗浄機にかけると後翅を開いてまったり,バラバラに分解したりするので要注意.
汚れが落ちたらふたたび真水に漬けて洗剤を落します.
このグループは完全に土壌性ではないらしく,地上で何かにつかまっているところを目視で採れることもあります.背中の模様も「ちょっとは出歩く」事を物語っています.
図鑑では54-5, 6にチビヒョウタンゾウ(M. seriehispidus)とニセチビヒョウタンゾウ(M. pyrus)が載っています.
1993年にカラー写真入りのレビューが出ています.それによると日本に9種(極東に12種)居ます.分布表にまとめると下のとおり,島嶼部では整然とした代替種関係になっています.
台 湾 | 与 那 国 | 八 重 山 | 沖 縄 久 米 | 奄 美 | ト カ ラ | 男 女 | 九 州 | 四 国 | 本 州 | 済 州 島 | 朝 鮮 半 島 | 沿 海 州 | |
M.formosanus | + | ||||||||||||
M.marshalli | + | ||||||||||||
M.yonagunianus | + | ||||||||||||
M.ishigakianus | + | ||||||||||||
M.okinawanus | + | ||||||||||||
M.amamianus | + | ||||||||||||
M.tokarensis | + | ||||||||||||
M.ejimai | + | ||||||||||||
M.kiiensis | + | ||||||||||||
M.pyrus | + | + | + | ||||||||||
M.seriehispidus | + | + | + | + | + | ||||||||
M.chejuensis | + |
チビヒョウタンの分布が広く,本四九のほか朝鮮半島や沿海州,佐渡,伊豆,小笠原にも分布し,日本本土にはこれとニセチビヒョウタン(本四九),紀伊半島限定でもう一種,キイチビヒョウタン(M. kiiensis)がいます.ニセチビヒョウタンでは単為生殖が知られていますが,雄が出る場所もあるそうです.
済州島のものは独立種で対馬が空白なのが注目でしょう.
体形と顔つきでかなり見分けられるようです.多少ゴツくて口の先が広くなるのがニセという感じです.
図鑑では54-8, 9にイコマケシツチゾウ(T. advena)とケシツチゾウ(T. setosum)が載っています.
別種といっても両方とも単位生殖だそうです.
いちおう,翅鞘の毛の並び方で区別できます.一列おき(奇数間室)に毛が長いのがタダケシツチ,差がないのがイコマということになります.
図鑑では54-10, 11にダイセンチビツチゾウ(T. daisenicus)とナガサキチビツチゾウ(T. sordidus)が載っており,地域により多数の種に分けられると書かれています.既記載種にはもう一種アキヨシチビツチゾウ(T. troglodytes)があります.
この属の途方もなさについては「日本の甲虫」に解説があります.福岡市周辺の狭い地域内の標本で♂交尾器を比較しても,各地域では非常に安定している一方で地域間では著しい違いが見られ,異所的に6種いると判断でき,しかも,あるていど類縁関係もたどれるとの事なのです.他地域でも同様だとすると(おそらく同様でしょう)えらい事になります(えらい事のようです).
本属を掘り当てた場合,とりあえず属までです.東広島市の個体は,おそらくダイセン(鳥取)でもアキヨシ(山口)でもないと思われます.
図鑑では54-7にホソヒメカタゾウ(A. japonicus)が図示され,近似種としてツヤヒメカタゾウ(Omoiotis. obatus)が記述されています.これらも”調査が進むと多数の種に区別される可能性がある”そうです.この書き方でいくと,とりあえずホソヒメと同定しておいて,将来そういう事態になったらこの標本も要再検討という事にするのが妥当なところでしょう.
AZ&Lの体系ではAsphalmus属はEntiminae(クチブトゾウ亜科)の Tribe Omiini,Omoiotis属は同亜科の Tribe Otiorhynchini に含まれています.すなわち族レベルでの位置付けから検討あるいは再確認が必要なようです.
図鑑では65-9にナガサキオチバゾウ(O. nagasakiensis)が図示され,近似種としてイワワキオチバゾウ(O. morimotoi)が記述されています.これも”多数の種を含むが調査は不十分,”との事です.既記載種としては,あとオオシマオチバゾウ(O. oshimaensis)があります.
ナガサキは九州,オオシマは伊豆大島ですが,イワワキは本州か,近畿か,紀伊半島と考えるべきか? 本州で採れたからとってイワワキだと思うのは無謀です.この属の場合,多数の種が存在する事が既に見えているのですから,無理に種まで同定するのは混乱を残すだけ.要するに今のところ採れたら Otibazo sp. どまりです.
図鑑では66-6にヒサゴクチカクシゾウ(S. simulator)が図示されています.この種はやや大型で,ちゃんとクチカクシゾウらしいクチカクシゾウです.
同属には,これ以外にワタナベヒサゴ(S. watanabei),オオシマヒサゴ(S. oshimaensis),アラムネヒサゴ(S. pustulosus)の3種が知られており,すくなくとも最後の二種は土壌から採集されています.4種ともが日本本土から広く採れており,地域的な代替種的な関係ではありません.
4種を区別する検索表が済州島のゾウムシの論文に載っています.翅鞘の点刻列数やイボイボの状態で区別できます.
一見キクイゾウっぽい外見の仮称マルバネスジツチゾウ(E. ovipennis)と仮称ツツバネスジツチゾウ(E. parallelipennis)が知られています.脛節に鈎突起がないのでキクイゾウではないことが分かります.いずれも南西諸島産(ツツバネは佐多岬でも)です.
このほかにもアナアキゾウやクチカクシゾウで土壌志向のものも少なからずいるようですが,ビーティングで採れたりもします.また土中で成虫越冬する種もあります.
沢田佳久