兵庫県青垣町の遠阪の水田にウキクサミズゾウが居たので観察してみました.鑑賞魚用の網でウキクサごとすくって採るだけです.水面全体にウキクサが広がっているときよりも,田圃の水の出口あたりに溜まっているときのほうが濃縮されているようです.
ウキクサミズゾウを採っていると一回り大きいオオミズゾウも採れました.遠阪ではオオミズゾウは少ないのですが,京都府福知山市の榎原の休耕田(潅水あり)ではオオミズゾウが多数見られますので,ついでに観察.
ウキクサミズゾウが1.6mm,オオミズゾウが2.4mmとすると,1.5倍の違いがあります.体重でいうと3.4倍ほどです.両種は成虫を見る限り大きさ以外はほとんど同じのように見えますが,生態はけっこう違っていて興味深いです.
なお,ウキクサミズゾウの寄主について,いわゆるウキクサにはウキクサとアオウキクサ,コウキクサなどがあるらしいのですが,遠阪のウキクサミズゾウが多い水田のものは普通のウキクサのようです.他の水田には一回り小さいアオウキクサも繁栄しています.
和名が”〜ミズゾウ”なのでイネミズゾウにも触れておきます.上記の二種とは系統も生態もサイズ(3.0-3.3mm)もかなり違います.ぜんぜん違います.侵入害虫ですが,これはこれで見て楽しいゾウムシです.泳ぐ様子を篠山市の火打岩の水田で撮影しました.
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ウキクサミズゾウにもオオミズゾウと似た斑紋があります.しかし現場では土状の物質を纏っており,やや白っぽい単色に見えます.
静かな水面は歩けるようで,飼育下ではウキクサの表面も水面も区別せず平気で歩いています.
食痕は葉の表面に点々とついています.
産卵方法はいい加減なようです.ウキクサの表面から穿孔して行儀よく産卵されているのもあれば,食痕の底に押し込めたようなのもあります.卵は長径0.41mm,短径0.28mmくらいでした.
幼虫は若齢のうちはウキクサの葉に潜る潜葉虫です.
壮齢?幼虫になっても基本的には潜葉虫なのですが,けっこう葉を渡り歩くらしく,食い尽くした葉を出て次の葉に移動中の幼虫も見られます.また葉に潜ることなく表面から摂食していることもあります.体型はゾウムシらしくない細長い形で,あまり偏平でもありません.体側に瘤起が並んでいます.頭の着色は弱いです.葉を移る際,静かな水面は突破し,水面を爬行や蠕動して進みます.何かに到達すると頭部を持ち上げて乗り上げるような行動をとります.
老熟した幼虫は典型的なゾウムシ的な形で,傷の少ないウキクサを単独で占拠して長径2mmほどの蛹室を作ります.
この「葉の中で蛹化しなければならない」という宿命は進化の上で重大な足枷なのかもしれません.これは想像なのですが,アオウキクサやコウキクサなど,どう見ても小さすぎるウキクサの存在,これはゾウムシの蛹化を拒む方向への適応の果てなのでは? そしてウキクサミズゾウがあそこまで小さいのも,ウキクサの一枚の葉の中で蛹化するための適応で...
ウキクサの葉肉を食いまくっている幼虫を観察すると,ウキクサの葉のなかでも水に浸った状態で摂食しています.腹面が上になっている事も多いです.ウキクサの表面(裏面も)は硬いので,それを破らないようにして中身だけを食います.そのため,とことん食いつくされたウキクサは浸水してほぼ透明になります.成虫の食痕などで表面に孔があいている事もありますが,それを避けて内部を移動します.
しかし,積極的に壁に孔をあけて尾部を突き出して呼吸している事もあります.浸水して透明な中空のウキクサにほぼ透明な幼虫がいるので,その緑〜茶色の消化管と,キラキラ光る気管だけが目だって見えます.
見ていると,彼らはちょうど水と空気の境目に生きる虫だという感じがします.どちらかを避けているとか耐えているとかではなく,両方とも必要で,両方とも手近に利用できる状態,それが当たり前の虫なのです.片方が手に入らない環境では決して生きていけない虫なのです.
ウキクサは他と隣接しない程度に点々と浮いていることもあれば,水面を覆いつくしていることもあります.また幼虫の密度もさまざまなので,びっしり浮いているウキクサが同種によって食いつくされている事もあるでしょう.したがって,隣接する葉を次々と渡り歩くべきか,一の葉をとことん食い続けるべきかは個体にとっては重大な問題です.葉の密度が低く,別の葉にたどり着けないリスクを覚悟の上で水面を漂うしか選択肢がない場合もあるでしょう.
飼育していると,ついつい過密になって餌が欠乏します.そして積極的に移動する個体もあらわれ,水面を放浪します.若いステージから餌の欠乏に直面した連中は,どんどん移動しないと育てないからでしょうか? 元の葉を捨てて,あてもないのに水面に乗り出していきます.そういう状況では到達する先もせいぜい僅かの食い残しがあるくらいで,それを食べるとまた水面を漂います.
飼育者が気付いて容器に新しいウキクサを入れてやると,次の日には水面を漂う幼虫は見られなくなりました.虐待でしょうかね.でも飼育容器の中だけではなく野外でも同じような事が起っているからこそこういう切り替えができるんだと思います.
ひょっとして,この虫て,そのテの実験に向いてる虫かも.世代が短いし,餌の管理も質を一定にするのも簡単そうだし.水面にいるのでビデオで撮って調べやすいし.
あてのない水面に漕ぎ出すのは大バクチでしょうが,隣接する葉への”乗り移り”にもリスクが伴います.とくに成熟直前の幼虫の乗り移りは慎重に行われるようです.
ウキクサの葉の内部にいる幼虫が乗り移りを試みる際,自分が居る葉の表面に内側から体が通れるサイズの半円形の傷を付け,その孔から上半身を外に乗り出します.その際,腹面が上になっており,体を前に屈曲するので,ちょうど複眼で隣の葉を俯瞰する体勢になります.
移動を決断(?)すると,腹面を下にして孔から体を乗り出します.体の前半は水面に浮いた状態ですが,尾端は孔の中にとどまって体を固定しています.水面上の前半身は鎌首を持ち上げるような動作を繰り返して,大腮を隣のウキクサの表面に突き立てます.この試みはなかなか成功せず,滑って逃してしまいます.
観察のつもりが,つい応援してしまいます.何度か繰り返すうちに成功すると,前胸下面の摩擦のある部分を葉に載せて確保します.あとはゆっくり蠕動して体を乗り上げて行きます.このあたりの動作は体に水をまとった状態で行っています.上陸成功を確信(?)した時点で尾端を開放します.
新しいウキクサへの食い込みは,葉の中央部付近で頭部をほぼ垂直に突き立て,大腮を動かして噛付くことから始めます.傷が付くと,それを手がかりに孔を開け,拡げていき,内部に自分が入れる空間を作っていきます.ウキクサの葉の内部は中空で空気室が並んだような状態なので,その空気室の隔壁を破っていくだけで比較的容易に空間ができます.このとき,ウキクサミズゾウの幼虫は体を捻って作業します.つまり下半身は”匍匐前進”みたいな体勢なのに,180度ねじれた上半身は”自動車の下にもぐりこんだ整備員”みたいな体勢です.
日本産のウキクサミズゾウは,ながらくヨーロッパ産のものと同じ,つまりTanysphyrus lemnae (Fabricius) と同定されてきましたが.実はそうではなかったそうです.
Morimoto & Kojima (1999) によると,1953年に福建産から記載されたTanysphyrus brevipennis Voss という種があり,日本産のウキクサミズゾウはこれと同じだという事です.
ごく普通のゾウムシらしい形をしていながら,ものすごく小さい.それがウキクサミズゾウやオオミズゾウの注目すべきところです.
ゾウムシの中には,いわゆる短吻群のように,あきらかに小卵多産に向かった群もあれば,オトシブミのように一卵一卵,職人技で産んでいく群もあります.これらの方向性はK-戦略/r-戦略という考え方で理解できます.岩田(1966)はゾウムシの体サイズと卵サイズについて研究し,このような傾向を認めながら,膜翅目に見られるような巨大卵を産むようなゾウムシは出現していないと述べています.
翅鞘の長さと卵の長径で比で比較するのが岩田方式です.ウキクサミズゾウとオオミズゾウの卵長を0.41mm,0.60mm(後述),翅鞘長を1.02mm,1.68mmと計測し,”岩田比”(=卵長/翅鞘長)の0.40,0.36を得ました.この数値自体からはやや大卵という評価になると思われます.しかしこのような極端な種では比の値そのもので比較できるかどうか疑問なので,とりあえず両種を岩田データに追加プロット(水色○)してみました.
グラフではオトシブミ&チョッキリ(黄◇),ミツギリやオサゾウなど(赤◇),短吻群ゾウムシ(緑○),長吻群ゾウムシ(青○)を区別して示しています.両軸は対数です.
図の中で,右上の最大のところに君臨しているのがオオゾウムシ(赤◇),オトシブミはやや大卵側(黄◇,左上)にずれており,短吻群は小卵側(緑○,右下)にずれています.短吻群の中でも特に過激に小さな卵を産むのがコフキゾウ(e),長吻群のくせに小さな卵を産むのはオオキボシゾウ(p)です.アピオンの一種(a)は体が小さい上にさらに小型の卵を産みます.ココクゾウ(s)のは大型といえそうです.
ここで新たに測ったウキクサミズゾウ(b)とオオミズゾウ(m)は,長吻ゾウムシとしては,それらしい位置のような気もします.