暫定チビゾウ図鑑

22. xii. 2001


チビゾウ小さすぎっ!

 2000年に,ミソハギ類のゴ−ル(虫こぶ)からモンチビゾウ(?ウスイロチビゾウかも?)が出てきたとの事で,このグル−プを調べてみる事になった.某MLでは河上さんらを中心にチビゾウチ−ムが結成された.
 Morimoto(1964)は日本産の11種を纏めているが,個体変異が大きいことと,生態が十分わかってないため,まだまだ再検討の余地がありそうである.同じ場所で複数種が採れるので,生態を確認した上で,同一産地の多数の個体を見る必要がある.成虫は水辺のスイ−プで採れるが,食痕を探すのはむつかしい.

 この頁では採集方法/産状を中心に知見をちょこちょこ追加していくことにする.まだ少しか採れてなくて,しかもきちんと区別できてないので誤同定や混同もありそう,あくまでも暫定です.

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 といっているところへ2001年はじめには的場情報がもたらされた.和歌山での状況にとどまらず琉球や大東島のものに関しても教えてもらう.それを頼りに八重山と沖縄本島で採集すると2種追加できた.でもそれらは既知種なので,ほかにまだいるらしい.
 また,的場説では問題のチビゾウはモンチビではなく,ウスイロチビとも違うという.交尾器を見てみると,確かに図示されているのとは一致しない.そもそも沢田は「これこそウスイロチビだ」といえる標本を持っていないし.
 それに腿節のトゲの有無て,そんなに頼りになるのか疑問になってきた.♂♀の識別もよく失敗するし,解剖しても交尾器がきちんと硬化してなかったりするし,そもそも小さくて丸いのでサバきにくすぎるぅ.
 なお上記の的場情報(の和歌山分)はその後KINOKUNIに公表された.これでは問題の種は19番"Nanophyes sp."に該当する.

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 2001年5月には渡さんがわざわざお越しになり,大量の貴重な標本を見せてもらった.いろいろ説明を受けながら見てみるが,コレとコレがこっちでコレはこっち,とパシッと分けられない.たしかに極端に口の長い奴や,体がまん丸っちいのや,色の濃いのや...いろいろあるのだが.横顔の口吻の感じや,翅鞘の側前端などが使えるかと思ったが,たくさん見ると崩れ去ってしまう.

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 そんなこんなで,問題のやつはまだしばらく『謎チビ』にしときます.この頁,あくまでも暫定です.


謎のチビゾウ

Nanophyes sp.

体長(口吻を除く):1.4-1.7mm

 ヒメミソハギとホソバヒメミソハギにいる.ゴ−ルを作ってるらしい.この頁のもともとの探求対象はこれ.的場(2001)の19番"Nanophyes sp."に該当する.
 腿節のトゲと交尾器はモンチビとは違うようだ.



謎チビ(大阪府大東市)


謎チビ(鹿児島県)

モンチビゾウ

Nanophyes pallipes Roelofs

体長(口吻を除く):1.4-1.8mm

 キカシグサにゴ−ル(キカシグサツトフシ/キカシグサクキコブフシ)を作る事が知られている.近縁なミソハギ等にも作るかもしれない.
 神奈川県円海山ではミソハギに多いらしい.しかし筆者は成虫自体は散発的にしか採集できていない.
 ウスイロチビとの区別がよくわからない.肩の出ぐあいか?



モンチビゾウ(京都府福知山市)

ホソチビゾウ

Nanophyes marmoratus (Goeze)

体長(口吻を除く):1.8mm

 ミソハギで採れ,居る場所では個体数は多い.ハチ北(兵庫県村岡町)の湿地のミソハギでも10月に多数採集できた.春は5月にまだ低いミソハギにすでに食痕があり,頂部に成虫がもぐり込んでいるのが見られた.
 翅鞘前半中央部がやや黒っぽくなる個体もいる.毛の生えぐあいが違うらしいがホソウスイロチビとの区別がよくわからない.
 岐阜県金華山北麓でもミソハギにいるらしい.また,神奈川県円海山でミソハギにいるものは[エンカイザンホソチビゾウ]とされている.



ホソチビゾウ(兵庫県神戸市北区)

 

ミソハギとホソチビゾウ(兵庫県村岡町10月)

ハナコブチビゾウ

Nanophyes pubescens Roelofs

体長(口吻を除く):1.8mm

 体が細いためか,見た感じではホソチビより一回り小さい感じがする.
 福知山では10月中旬に休耕田の縁(主に畦)でスイ−プして数匹入り,水面付近のスイ−プでも入った.成虫は6月にも多く,的場(私信&2001)情報のチョウジタデに注目すると,茎が太くなっていることがあって(これはゴ−ルと呼べるのか?)バッチリ幼虫〜新成虫が見つかった.ゴ−ル(と呼んで良いのかなぁ?)茎だけでなく根ぎわにも見られた.とうぜん水面より低い.



ハナコブチビゾウ(京都府福知山市)



ハナコブチビゾウ(京都府福知山市6月)

  

茎の中の幼虫と蛹(京都府福知山市6月)

ケシチビゾウ

Nanophyes suturalis Pic

体長(口吻を除く):1.2mm

 ものすごく小さい.上記の福知山のハナコブチビゾウ産地に10月下旬に再び行ったらほとんど採れず,代りに本種が多数入った.二週間ほどの違いなのに何故だ??? 同じ場所でモンチビも少数採れている.休耕田の縁よりも少し離れた所に濃いようだった.
 3月にスイ−プしたらまた複数入った.6月には水面上の草にとまっているのを複数目撃.いまのところ寄主は不明.



ケシチビゾウ(京都府福知山市)



うろつくケシチビゾウ(京都府福知山市6月)

ヒシチビゾウ

Nanophyes japonicus Roelofs

体長(口吻を除く):2.2-2.4mm

 ヒシのある池ではたいてい居る普通種.水面や水中を掬うと採れる.色彩や被毛の変異が大きい.
 成虫は夏から秋にかけてヒシの葉上で多く見られ,水面に立つことができ,気温(水温)が十分高い場合には水面から飛び立てる!
 10月に本体を離れて漂流しているヒシの葉のフロ−ト部分をほじくると幼虫〜新成虫が見つかった(大半は蛹).産卵孔はフロ−トの側面にあることが多く,幼虫の部屋はフロ−ト中央ではなく,産卵孔側の,葉寄りの位置に偏っている.
 漂流葉から本種幼虫等が見つかる頻度はかなり高かったが,一枚の葉に複数個体入っていることは少なかった.一葉あたり一匹が許容限度なのか?多すぎると飢えるのか沈むのか?どうやって一匹になるのか?興味深い.だれか調べてみませんか?



ヒシチビゾウの色彩変異(兵庫県緑町)



ヒシとヒシチビゾウとガガブタ?(兵庫県緑町10月)



  

フロ−トの中のヒシチビゾウ幼虫〜新成虫(岡山県作東町10月)

ハスオビチビゾウ

Nanophyes proles Heller

体長(口吻を除く):1.7-2.0mm

 3月にキダチキンバイで多数採集できた.蕾にゴ−ルを作る.色彩に変異がある.



ハスオビチビゾウの色彩変異(沖縄県大宜味村)



キダチキンバイとハスオビチビゾウ(沖縄県大宜味村3月)
 

キダチキンバイの花とゴ−ル(沖縄県大宜味村3月)

リュウキュウチビゾウ

Nanophyes dimorphus Morimoto

体長(口吻を除く):1.7-1.9mm

 3月にハスオビに混じって採れたが,寄主は未確認.やはり色彩に変異がある.



リュウキュウチビゾウの色彩変異(沖縄県石垣市)


チビゾウ雑学コーナー

ヨ−ロッパでは調べ尽くされている

 チビゾウ属(Nanophyes)は世界で約400種知られている.新大陸には少なく,北米に数種いるだけである.
 ヨーロッパのチビゾウはよく調べられているようで,ドイツの "Kaefer Mitteleuropas" には12種載っていて,全て寄主がわかっているどころか,単食性だの狭食性だのと区別されている.7種が Lythrum(ミソハギ属),3種がPeplis,2種が Sedumである.一種を除いて幼虫の生態が書いてあり,ふつうの果実にいるものが4種で,他の7種はゴールや肥大部にいる.日本と共通種とされる N. marmoratus (ホソチビ)はミソハギ属の Lythrum salicariaL. hyssopifolia につき,冬は堆積物やスゲやぶに分散,幼虫は実にいる,となっている.
 フランスの "Faune de France" には3亜属を区別して23種も載っている.さらにそれぞれが幾つもの型に区別されている.N. marmoratus (ホソチビ)には14型がある.4種のゴールが図示されている.
  "Fauna Entomologica Scandinavica" にも6種載っていて,N. marmoratus (ホソチビ)の生態を詳しく書いてある.幼虫の寄生蜂(Chalcidoidea コバチ上科) として Eupelmus degeeri Dalman, E. urozonus Dalman, Pteromalus vaginulae Ratzenberg の3種を挙げている.
  いっぽうオーストラリアの "Australian Weevils" にもチビゾウは5種載っているが,全て Austronanodes という新属に含められている.うち2種について寄主が書かれていて ,1種はLudwigia (Onagraceae)とMyriophyllum (Haloragidaceae)で,もう1種が Nymphoides (Gentianaceae)である.

"Nanophyes" という属名

 "Australian Weevils" には属名に関する命名法上の問題,すなわちNanodesNanophyesの事について詳しく書かれている.
 ゾウムシに対してNanodesという属名を使ったのはSchoenherr (1825) だが,Vieillotがオウムに対して同じ属名を使っている(つまりホモニム)ことに気付き,1838年に自分自身で置換名としてNanophyesを提唱した.
 ところが,のちにO'Brien と Wibmer が調べたところ,命名法的にはオウムに対するNanodesはStephens (1826)が最初になる.すなわちゾウムシのNanodesのほうが古かった.従って Schoenherr による置換名提唱は不当だということになる.
 しかし,それまで長くチビゾウに対して使われてきたNanophyesを修正するのは無用の混乱をまねくため,1987年にAlonso-Zarazaga と Dieckmann はNanodes Schoenherr の使用を停止しするよう,動物命名法国際審議会にアピールした (Case 2555).そして審議会は使用停止を決定した (Opinion 1526).これにより今後もチビゾウの属名はNanophyesが使われることになった.
 ギリシャ語の辞書をひくと,ずばりνανοφυησ (=nanophyes) という形容詞が載っていて,「侏儒(こびと)のような」という意味である.最後のη(=e)は長母音なので「ナノフィエース」と伸ばして読むのが正しい.

チビゾウの起源

 驚いたことに,中生代のチビゾウらしい化石が見つかっている.中生代の甲虫はArnol'di らがまとめている.この中で白亜系下層から見つかった Cretonanophyes longirostris はヒザ状に曲る触角と長い転節が認められる.まさにチビゾウそのものである.体長(口吻を除く)は3.1mmとわりと大きい.
 ジュラ系上層からは Nanophydes ovatus が出ている.腹の基部二節は癒合してないらしく,図によると触角も膝状ではないらしい.体型から飛べなかったのではないかという.これはチビゾウとはかなり異なる.体長は3.0mm.

 チビゾウとホソクチゾウ,ミツギリゾウは系統的に近いと考えられている.そして分類体系上もゾウムシ科とは別の科に納めるのが普通である.
 現在,だいたい受け入れられているゾウムシ上科の系統発生像からいうと,チビ+ホソクチ+ミツギリゾウは,わりと根元で分岐した一群(の生き残り?)である.現在のゾウムシ科が被子植物にあわせて爆発的に適応放散する前,オトシブミ,チョッキリより後の分岐である.
 問題となるのは「チビゾウ,ホソクチゾウ,ミツギリゾウ,真正ゾウムシの分かれる順序がどうかな?」という感じだろう.これらの中で,チビゾウと真正ゾウムシが膝状の触角を持っている.図のミツギリ・チビの枝の始めのあたりで,既にチビゾウに似た虫が現れていたのであれば,ミツギリ(やホソクチも)は別の起源を持つか,チビゾウに似た祖先からから大きく変形したことになる.

チビゾウ琥珀

 日本でもコハクに封入されたチビゾウが出ている.瑞浪化石博物館の報告書をみると日浦ら(1974)による概論と総合考察につづいて各論があり,森本(1974)による所見と同定が示され,線図も載っている.

 モノは見るからにチビゾウで,体長(口吻を除く)1.92mmに対し吻長が1.33mmと非常に長い.図を見ると触角中間節も長いようだ.少なくとも後脚の腿節にはトゲ(長1短2)が認められる.なかなかカッコいいチビゾウである.
 ちなみに瑞浪化石博物館の古生物データベースに行って属名=Nanophyesで検索してみたが,ヒットしなかった.

 日浦ら(1974)によると,これらは岐阜県瑞浪市釜戸町上荻ノ島の釜戸層,第四紀洪積世(中期以降)から出た一連のコハクであり,第三紀中新世の瑞浪層群とは無関係である.仮称「瑞浪コハク」としているが厳密には「釜戸コハク」と呼ぶべきであろうとしている.
 またコハク形成過程に関しては2つの考え方があり,コハクの表面の状態観察に基づいて,封入の時期と堆積時期がほぼ同じ(従って釜戸層堆積時にチビゾウが生活)とみなす考え方とともに,化石化の進行度が高いことから,化石化後に再堆積(従って釜戸層堆積時にはチビゾウはすでに化石)とみなす考え方も併記してある.
 いづれにしても,同時に見いだされたコハク中の生物相(科まで同定56科,属まで同定36属)からは,「洪積世中期以降」との考えに矛盾はないようだ.気候的には顕著な寒冷傾向,温暖傾向を示すものはなく「現在の西南日本の低地〜低山のような,暖帯的気候下」と推定されている.


文献

(年代順です.◆印は未見)

国内

世界


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沢田佳久